WEST-VLAANDEREN州ビール

   (ヴェスト・フランデレン)

Brouwerij De Ranke  (注)ランケ ではなくランクと聴こえます。

Brugstraat 43               Rue du Petit Tourcoing 1a 

8560 Wevelgem BELGIE         7711 Dottignies BELGIQUE


"XX Bitter"

"Guldenberg"

【イクス・イクス・ビター】 alc. 6.2%vol

【ギュルデンベルグ】 alc. 8.5%vol

330ml 441

750ml 1213

330ml 467

750ml 1239


"Kriek de Ranke" "Pere de Noel"
クリーク・ドゥ・ランク 【ペール・ノエル】 alc. 7%vol
alc. 7%vol 750ml 1216 330ml 429 売切れ 750ml 1090 売切れ


"Guldenberg glas" 売切れ "De Ranke glas"

H 183mm W 98mm 525

H 183mm W 98mm 525
幾ら捜し求めても無い筈で、"XX Bitter" のグラスは最初から存在していませんでした。近い内にこの "Guldenberg" のロゴを配したグラスは消滅させて、両方統一の"De Ranke"のロゴにし様かと思うけど大月は賛成かと訊きましたので、さっさとその様にしろと上品に進言致しました。05年3月末訪問時にその様に言って別れ、12月にビールと共に入荷したのが右のグラスです。ですから、左のグラスは徐々に消滅します。


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以下は付録です 05年3月下旬


カーナビに従い西へ日中も霧
Wevelgemは右へout前走のトラックとお別れ
Wevelgemの街中町中が正しい?
煙突を目印に?カーナビは此処だと言う
此処が玄関か?ベルを押してみるか
行く所の全てがイースター休暇で醸造者達との面会は諦め掛けていました。[Brouwerij Boelens] の次に、この [De Ranke] を考えていましたが片道80km走って又もや不在では涙も枯れ果てるのは確実。先ず電話をしてみようとなって、受話器を取ってくれる事を祈りました。無い事に直ぐに出てくれたのですが、休日だから来ても無駄だと言って切られてしまいました。"XX Bitter" の熱心なファンが是非とも専用グラスで味わいたいとメールを呉れていましたのでこの機会に何としても持てる限り買って帰りたい積りだったので電話に再挑戦です。又もや直ぐに出てくれたので、専用グラスの在庫は在るのかと尋ねたら、勿論在るけど休みだから来ても売れない、と又もや一方的に切られました。此れで諦めるのも癪なので、来た目的だけは言って置くべきだと三度目の正直で出た相手に此方が一方的に捲くし立てる様に伝えました。君が持っているなら私が毎回 "XX Bitter" と指定しているのに何故何度も、 "Guldenberg" のグラスを間違えて送ってくるのだ!、、、すると先方のトーンが変り、あんたは何者?となりました。君のビールを輸入販売している日本人業者だけど、、、。すると彼は、じゃぁ直ぐにお出でよ待ってるよ!。すっ飛ばして半時間で街には着いたのですが、カーナビが教える場所には其れらしき建物が見当りません。[Brouwerij De Dolle] ほど派手派手しく無くても良いのですが、醸造所に付物の大きな煙突も見つけられず焦りが、、、。
余りにも地味過ぎる此処はOfficeのみ
醸造所へ移動何故か高速道で
何処まで走るのか?替り映えせぬ景色
気が付けば村の中牧歌的じゃのぉ
村外れの空き地いや、農地かも知れん
個建てではなく長く棟続きの独特の町屋の並びは珍しくて好ましい思いで毎回眺めるのです。其の一部にショーウインドゥかも?少しだけシャッターを上げて、"Guldenberg" のロゴが見える様にしたガラス窓を発見して目出度し。後で訊いておくのを忘れたのですが、彼が気を利かせて少し開けて置いたのかもしれません。もしそうなら、中々に小洒落たアイデアマンと言えます。中に招じられると思いきや、此処は Office なので作業場へ行くから車の後を付いて来てくれとの事、確かに路駐出来る雰囲気でもないので言われるがままに町外れに向かう。しかし、何故か高速道を走り出す、かなりのスピードを出し追走者の事を考えているとは思えん。勝手に町外れに在ると思い込んだわけで、それにしても高速を使って外れまで行くほどの大きな街でもないのに?と考えていたら、道端に此処から [HAINAUT] エノー州の看板を発見!他の事なら別に州境を越えようが何て事は無いが、一歩譲って [OOST] と [WEST VLAANDEREN] の微妙な州境が双方を分けると為れば其れまでなのですが、今後はどちらの地方のビールと言えば好いのでしょう。公的な登録地はフラマン語圏に在るが、製造はワロン語圏で其の地の水で醸造している事になります。Abbaye Bier の様に商標権が売買されれば相当な変化が起こり得ますが造る人間は同じなので、初対面でもあるし深く追求する野暮は避けました。柵のある草地には、ひっそりとロバ君なんぞが繋がれていて、村落の外れにレンガ造りの倉庫が待っていました。
煙突は在るが倉庫風看板も無いが?
コンクリートで頑丈に火を使うので入念に
小じんまりとしたタンク掃除好き?ピッカピカ
Nino Bacelle創業者('58生まれ)
極小規模瓶詰めライン此れも?ピッカピカ!
彼は此処に、間口も奥行きも長大なレンガ造りで、相当旧い平屋なれど地下空間完備の倉庫と思しき建物の右端の一角を確保していました。広過ぎるので、半分で仕切ってあり、後部を誰かに貸そうと思っていると言っていました。後に付いて内部に入るまでも無く電動工具の掻音が派手に響いていました。彼は脚立の上で工事作業をしていた職人に暫く休憩する様に言った気配でした。静かになった庫内を説明案内してくれましたが、素人目にも余りにもピカピカで設備の新しさを問うと未だ一度も使っていないと言い出しました。本心はグラス欲しさに来ただけで想定質問が未熟なままな上に写真も撮らねば為らず右往左往しておりましたので、其の答に又もや肩透かしを喰いました。
生ホップが命なのだ!冷蔵庫から出して来た
倉庫如きにも地下が!緩いスロープを下る
天井は左程高くないが地下貯蔵庫として最適
Guido Devos善き相棒('58生まれ)
Jeroen Bacelle
Nino の倅(学生)
彼(Nino)は大型冷蔵庫から生ホップを出してきて力説を始めました。近年のBBは甘さが強調されてフレッシュホップを使った醸造法が忘れ去られる傾向に有り、ホップの苦味が効いたビールを大事にしたかったので自ら造る道を選んだのだそうです。1981年頃から試行錯誤を続けていましたが、1994年に左程遠くない街に "Deca" と言う名の Brouwerij が旧式の設備を温存しているのを知り、使わせて貰う事にしたのです。結果的に其の場所で Guido と知り合う事になって今は共同作業をしているのです。移動中にでも電話で呼んだのか、相棒の Guido がやって来ました。其れからは二人で懸命に説明してくれます。Guido はステンレス製の筒状フィルターを盛んに自慢します。微細なメッシュが生ホップを漉し採るのに如何しても必要で、二人の傑作だと言います。この様に使用するのだと、わざわざタンクの内部に取り付けて企業秘密を撮影しろと言います。Jeroen は750ml瓶を1本づつ手巻きしていました。しっかりバイト賃を請求しろと言っておきました。
生ホップを遣うと言う事フィルターが命なのだ
ステンレス製フィルター俺達のお手製だよ!
ホップの濾過に不可欠此れの説明が延々と
壮観なグラスの数此処でこその机上です
遠慮なく飲み乾すけん妙なアジア猿だなぁ!
ドライホッピング製法に思い入れが在った Nino は当初独りで "Guldenberg" を完成させました。其の後、Guido と手を組み "Pere Noer" を出し、次作が "XX Bitter" で最新作が "Kriek De Ranke" と続くそうです。"Pere Noel" は輸送日数も考えて9月末には出荷出来るように8月中旬には仕込みに掛ると言いました。???"Noel" とは仏語なのに?、、、まぁ好いです、中身が問題なので詰まらん分類は気にしない様にします。そんな事より10月早々に他のビール共々買い付けられる様に在庫を減らさねば為りません。勿論、自家消費ではなく!
百聞は一見に如かずこの液体の搬入元
Pere Noel 時期が来れば買います
アルバムで説明マグナムは廃止
若き頃の彼ら
Deca Brouwerij にて
先ず生ホップ有りき出発点なのだ
柵付きの台車に液体用ポリコンテナが乗せられていました。写す時は枚数ばかりを欲張って張り紙まで見ずに取り込んだのですが、改めて視ると "Oud Vlaams bier" 二行目は?不明、以下 "Rodenbach" "Lambik" と読めます。画像の右側に辛うじて同じコンテナが写っていますが、濃い紫色の液体が満たされ、上部にチェリーの種らしき物が大量に浮いています。開けなくても良いのに "Kriek" も味見してくれと言いました。"Gueuze" の調達先を訪ねたら、"Girardin" だと答えてくれたのですが、となると張り紙のメモ書きが謎めいて来ます。大月は "Kriek" は要らないのか?と聞くので、もう少し先になってからで良いと答えたら、二人とも何故か少しほっとした表情をしました。Nino は家業とも言える飲料水等のビジネスを本業としているのですが、Guido の本業は何かと尋ねましたら税務署員だと答えました。だったら酒税など色々と便宜を図れて悪徳署員かとからかうと、固定資産税課なので何も操作出来ないよ!と笑っていました。アルバムを出してきて仲良く説明してくれるのですが、マグナム瓶は我々には高過ぎるのでもう使っていないと言われました。11年間愛用した "Deca 醸造所" の其の旧式な醸造用道具はもう使う事は無いのです。この訪問から二ヶ月以上経過した6月18日に Nino からメールが着ました。2005.06.11 遂に自らの醸造所で初めての仕込をした、神の御加護を!、、、。それではマリア様の代わりに近所のお地蔵さんにでもお参りして於いてあげようかね
雨漏りの修理か?真新しい屋根
見送られ建物の裏側相当な奥行きが在る
壁でボール遊びの児裏庭の荒れた家並
質素な家並みに見えて梯子状の電柱が笑える
この辺りでは豪邸玄関も飾りだらけ
3時間余りもお邪魔して次に来たら稼動している所を見せるよと約束されて辞去する事になり、外へ出て初めて屋根が真新しいのに気付きました。古い倉庫なので可也の手入れを要したのだろうと思います。今日の泊まりは [GENT} と決めてカーナビを設定したら大きく回って倉庫の裏側の道に誘導されました。折角だからと車から降りて風景を何枚か撮ったのです。本当に奥行きの深い倉庫である事が分かりました。倉庫の壁に近所のおチビがボールを蹴ってサッカー遊びでしょうか?、ヨーロッパ独特の裏庭と言うか空き地は荒れている様に見えまして少し興醒めです。通りの彼方に電柱が見えますが長い梯子状の鉄骨にセメントを吹き付けてある様に見えます。人影が無い鄙びた雰囲気も悪くはありません。人の気配が無いので豪邸も遠慮なく写させて頂きました。玄関扉や壁面などにイースターの綺麗な飾りが此れでもか!状態で取り付けてあるのは、日本で言えば差し詰め正月の注連縄や門松の如きモノなのでしょう。
芝生の庭にもお飾りを聖なる使徒を迎えます
村に別れを告げて次回来るのは?
後継者がいない廃屋?小さなマリア像が
地面は緑が見え隠れ枝に新芽の気配無し
館の周りに高木林が落葉樹でも防風林?
生垣越しにお庭を拝見すると、此処にも植木鉢を利用したお飾りが在りました。ニワトリ、ひよこ、絵柄を描いた玉子とウサギ、どうもこの組み合わせが基本のようです。村の出口と言うか建物が途切れつつある外れに小さな祠風の物体が目に留まりました。小さなマリア像が置かれていますが、其れが取り付けられた壁の内側は屋根も抜け落ちて無残な廃屋が放置されたままのようです。相変わらず霧が掛ったままで葉の無い立ち木が独特の風景を見せます。起伏が少なく平地が延々と続く中に、時折高木に囲まれた農家の館の様な建物が見え隠れします。北陸地方にも防風林を配した地区が在りますが、落葉して団扇の骨だけの様に為っては余り意味が無かろうと思うのです。夏は繁って木陰が涼しいとは言えますが、北海道並みの気温地帯でしょうし、何かと陽に当りたがって肌寒い時季でも外の客席から埋まっていくカフェを見てしまえば、欧州人に日陰効果は矛盾する。落ち葉や枯れ枝を燃料として利用する為に近場に植えたのかも知れない、、、などと単調に流れる窓外を眺めつつ [GENT] に向かいます。   尚、暫く時間が掛かるでしょうが、[GENT] 編をこの付録の付録として予定しています。


付録 GENT 05.03.下旬


何と無くユーモラス御伽噺のお化け姿
20mは有りそうな樹北海道風?ポプラ?
人が植えたのだろうがこれまた不思議な
家畜の餌は緑豊かで牧草地の自由時間?
団扇の骨としか見えん落葉樹名当てクイズ?
Dottignies と言う小さな町から高速道路A-14を経由して北東方向50kmほど走ってGENTの街へ向かいます。相変わらず残る淡い霧が懸かった車窓からの眺めは緑の牧草以外、名前も判らない骨だけの樹が次々と現れて霧中の幻想をより以上に引き立ててくれます。所々で牛達がのんびりと草を食んだり、満腹になったのか蹲っているのが見えたりします。柵らしき頑丈な仕切りは見えず、気休め程度の針金が張ってある程度で、平均150km /hですっ飛ばす道路端とは思えません。しかし彼らも美味しい牧草地から何も無いアスファルトに出てくる必要を見出さないので安心です。
久し振りの宣伝看板町が近い?
町並みとコンクリ建築道路にガードレール
町ではなく街
GENT 市街
石と煉瓦の建物路面電車
ホテルのロビーまでも復活祭のお飾りが
国土の北半分は起伏が少ないと言いってしまえば語弊が?確かに変化に乏しい平野部が続きます。しかし、国全体でも九州と同程度の面積とかで車で半時間も同じ光景が続く事はありません。葉を落とした樹ばかりも見飽きるほどになる前に遠望ながら非田舎構築物が出現し始め、気が付けば殺風景なガードレイルが併走していました。カーナビに従いサークルと呼ばれる外周道路を辿って其処はもう歴史の都 GENT市内に到達していました。双方が文化的民度も高いと言う事か、この街は金沢市と姉妹都市だそうですが、未だ石川県内からBBの御注文を頂いた事がありません。


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